2015年11月03日

朝靄か機関車か


元気な魚もいれば、あまり元気のない魚もおります。
生け簀があって、大きい生け簀には、たくさんの魚が入るけれど、大きな生け簀にたくさんの魚がいるからといって、魚のたくさんが元気な訳ではないし、逆に小さな生け簀にいる魚がとても元気なこともあります。
魚を一匹手ですくい上げる時に、大体の目方でその重さが分かったつもりでいるから、魚を渡したり魚を貰う時には、ぴちぴち跳ねているぞ!や、呼吸も儘ならないや!と、思うことはあれど、重さの事はあまり考えたりもしなかったので、ある日の一匹の魚がとても重たくて、なんでこんなにぶりぶりなんだ!と不思議に、ぶりぶりなのになんてほわほわなんだ!と、不可思議に思いました。
まるで海から悠々と泳いできたようで、もしかしたら、どこかの目的地を目指すためにたくさんの栄養を蓄えていた魚だったのかもしれないし、産まれた時からの体質でぎっしりに脂がつまっていた魚だったのかもしれないとも思ったのだけども、自分はそれを逃げねえように捕まえて生け簀に放ちたい、ですが、小さな所なので窮屈で一杯になってしまって不憫も、致し方ない、申し訳ない、持ち合わせがない。

海は広いので敵わない、敵いようがない。海とは戦えない。海はでかい!海には魚がいっぱいいるから海は偉いと思います。
posted by 浜岡七十八郎 at 02:50| クアラルンプール ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
元気にしてるのかなあと思ったり思わなかったりはせず思ったり
Posted by sea at 2015年11月10日 12:54
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